
バスキアの絵には音楽がある。描きこまれたフレーズ「(E E E E) ERNOK ERNK NK EK」など、ヒップホップみたいじゃないか。ジミ・ヘンドリックスやチャーリー・パーカーを敬愛したというから、彼の絵から音楽を感じるのは自然なことなのかもしれない。27歳という若さで世を去った天才のシルクスクリーンは、バスキア財団によるもので彼の父親のサインが付く。生前「I will be very very famous one day.(お父さん、いつの日か僕はとてもとても有名になるよ。)」と語ったことを想うと、何とも切ない気持ちになる。
1960年12月22日、ニューヨーク市ブルックリン生まれ、1988年8月12日没
ハイチ出身の父とプエルトリカンの母のもとに生まれる。公認会計士の中流家庭であった。幼い時から母に連れられて美術館に通う。肌の色の違う人間が絵に描かれていないのを不思議がっていた。ハイスクール時代「SAMOセイモ」という名前でスプレーペイントによるグラフィッティー(落書き)をはじめる。「17歳の頃から僕はスターになるだろうと思っていた。チャーリー・パーカーやジミヘンのことを考え、有名になることは何てロマンチックなんだろうと思った。」 20歳のときウォーホルに出会い、その後交流がはじまる。二人によるコラボレーション(共同制作)もおこなわれた。22歳で初の個展開催、ストリートから一気にアート・シーンのスターへ躍り出たため周囲からは反感を買った。バスキアの作品にはそれらに対する怒りが溢れている。ウォーホルの死に落胆し、後を追うように翌年急性薬物中毒により死亡。子供の頃交通事故で脾臓を嫡出したためと考えられる。
| 制作年 | 1982年 |
|---|---|
| エディション | HC 9/15 |
| サイン | あり |
| 技法 | シルクスクリーン |
| シートサイズ (縦×横) |
102x102cm |
| 作品の状態 | 良好 |
| 額仕様 | 白/うかせ |
| 額寸 (縦×横×奥) |
115x115x4cm |
| お届け期間 | 約2週間 |
| 特記事項 | バスキア財団の承認スタンプと父ジェラール・バスキアの署名入り。 |
| 海外店頭価格 | 6000ドル (2005/05/09 更新) |
| A000-00034 |