
80年代のアートシーンを語る上で、避けては通れない重要な要素として「エイズ」があげられる。同性愛者でもあったヘリングは、1988年にエイズを発病。翌年の89年には、「ローリングストーン」紙で自ら感染を公表し、エイズ知識を広めるためのキャンペーンに積極的に関わりはじめる。同年、慈善団体であるキース・ヘリング財団を設立。90年にはたった31歳という若さで惜しまれつつも短い生涯を終えることになる。本作品は、ヘリングがエイズを発病した、まさにその年に制作された作品である。また、デビッド・クローネンバーグが映画化した『裸のランチ』の原作者でもある、ウィリアム・S・バロウズ(小説家)との共作で、ヘリングの作品にバロウズが詩をつけるという形で制作された10点シリーズの中の1番目の作品になる。モナリザが配された作品はシリーズ中数点あるが、その他の作品も同様にルネサンス絵画がコラージュされ、ヘリングのグラフィティが縦横無尽に走るというラインナップ。モチーフの配置も色のバランスも良く、重厚さとポップさが絶妙に混じり合い、ヘリングの卓越的なセンスで、自身の創作活動に新境地を開いている。
「アポカリプス(=黙示録)」というと、新約聖書の『ヨハネの黙示録』を思い浮かべるが、辞書を引くと『世の終末』、『啓示』といった意味も持つ。名声と栄光の日々から、突如、晴天の霹靂のように訪れた「エイズ」。死に直面した作家が、最後の創造力を振り絞って制作した作品と考えると、厳粛な思いにとらわれる。シルクスクリーンの技法を用いているが、美術作品としても非常に優れた作品である。80年代のスター、キース・ヘリングの生涯を思い浮かべながら、鑑賞するのはいかがだろうか。
1958年5月4日、ペンシルヴァニア州カッツタウン生まれ、1990年2月16日没
20歳の時に引っ越したニューヨークで、バスキア、ケニー・シャーフたちと出会い、美大卒なのに地下鉄の広告板の黒い紙にチョークで落書き(サブウェイ・ドローイング)をはじめる。トニー・シャフラッツィのギャラリーでアシスタントの仕事につくが、すぐに取り扱い作家の一人となり82年に個展開催。1986年落書きをやめ、キャラクターを商品化してポップ・ショップを開店する。1989年エイズ感染を公表、エイズ知識を広めるためのキャンペーンにかかわり、キース・ヘリング財団を設立したが翌年亡くなった。彼のシンプルかつユニークなキャラクターは、直接には漫画から出てきたものだが、学生時代ロラン・バルトやウンベルト・エーコなどの構造主義の記号学を学び、ウイリアム・バロウズの詩を参考としつつ、言語的な記号による絵画表現を模索した結果なのである。 1997年ホイットニー美術館で大回顧展が開催され、1993年、東京の三越美術館で、2000年には伊勢丹美術館で回顧展開催。
| 制作年 | 1988年 |
|---|---|
| エディション | PP 5/90 |
| サイン | あり |
| 技法 | シルクスクリーン |
| シートサイズ (縦×横) |
96.3x96.3cm |
| 作品の状態 | 良好 |
| 額仕様 | 黒/直貼り |
| 額寸 (縦×横×奥) |
106x106x5cm |
| お届け期間 | 約4週間 |
| 特記事項 | |
| 海外店頭価格 | 4000 ドル (2005/10/24 更新) |
| A000-00623 |