
ユニクロがバスキアとキース・ヘリングのイメージTシャツを今春に発売し、ヒットを飛ばしましたよね。そのバスキアTシャツの袖ぐちにプリントされている可愛い王冠のしるし。これこそバスキアのトレードマークなんです。この作品「ペール・キャピタ」にもどーんと大きく王冠が描かれていますが、無名時代のバスキアはニューヨークの地下鉄やストリートの壁にどんどん落書きし、“SAMO“という名前か、もしくはこの王冠マークをサインして自分をアピールしていたのです。この王冠には黒人としての誇りといったバスキア自身の強いアイデンティティが込められている、とも言われています。バスキアが主演し、アート・リンゼイや日本のプラスチックスなど豪華ミュージシャンたちも多く出演している映画「DOWNTOWN81」(1981年)のDVD発売が近年話題を呼びましたが、演技に絵画にそして音楽活動にも精を出していたバスキア。そんな彼が当時組んでいたバンド名は、なんと“GLAY“でした。
1960年12月22日、ニューヨーク市ブルックリン生まれ、1988年8月12日没
ハイチ出身の父とプエルトリカンの母のもとに生まれる。公認会計士の中流家庭であった。幼い時から母に連れられて美術館に通う。肌の色の違う人間が絵に描かれていないのを不思議がっていた。ハイスクール時代「SAMOセイモ」という名前でスプレーペイントによるグラフィッティー(落書き)をはじめる。「17歳の頃から僕はスターになるだろうと思っていた。チャーリー・パーカーやジミヘンのことを考え、有名になることは何てロマンチックなんだろうと思った。」 20歳のときウォーホルに出会い、その後交流がはじまる。二人によるコラボレーション(共同制作)もおこなわれた。22歳で初の個展開催、ストリートから一気にアート・シーンのスターへ躍り出たため周囲からは反感を買った。バスキアの作品にはそれらに対する怒りが溢れている。ウォーホルの死に落胆し、後を追うように翌年急性薬物中毒により死亡。子供の頃交通事故で脾臓を嫡出したためと考えられる。
| ペル・キャピタ(一人当り) | |
| Per Capita | |
| ジャン=ミシェル・バスキア | |
| Jean-Michel Basquiat |
| 制作年 | 1983年 |
|---|---|
| エディション |
HC 10/15 |
| サイン | あり |
| 技法 |
シルクスクリーン |
| 作品本体サイズ(縦×横) |
102x102cm |
| 作品の状態 |
良好 |
| 額仕様 |
白/うかせ |
| 額寸(縦×横×奥) |
115x115x4cm |
| お届け期間 | 約2週間 |
| 特記事項 | |
| 海外店頭価格 | 5000 ドル (2003/07/01 更新) |
| 品番 | A000-00086 |
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