
1985年は地下鉄の落書きをやめた年、ニューヨーク同時に二ヶ所で個展開催、パリ・ビエンナーレ出品、ボルドー現代美術館で個展、ローラン・プティ・バレーの舞台美術、ディスコ・パラディウムに10メートルの大作制作など大忙しだった。時代はまさに彼を必要としていた。顔のない人物たちそれは普通の人たちをあらわしている。普通の人たちのための普通のアート、これほどわかりやすい現代アートをこれほどポピュラーなものにしたのは、キースが初めてだった。2色のリトグラフだがマーカーで描いたドローイングにしか見えない。少しかすれたり、赤い線を丁寧に伸ばしているところなどよく再現されている。マーカーかチョークを握らせたら、ピカソやマティス顔負けのドローイングの名手に違いない。82年に最初の版画を制作して20作目にあたる比較的初期のもので現在入手困難な作品。
1958年5月4日、ペンシルヴァニア州カッツタウン生まれ、1990年2月16日没
20歳の時に引っ越したニューヨークで、バスキア、ケニー・シャーフたちと出会い、美大卒なのに地下鉄の広告板の黒い紙にチョークで落書き(サブウェイ・ドローイング)をはじめる。トニー・シャフラッツィのギャラリーでアシスタントの仕事につくが、すぐに取り扱い作家の一人となり82年に個展開催。1986年落書きをやめ、キャラクターを商品化してポップ・ショップを開店する。1989年エイズ感染を公表、エイズ知識を広めるためのキャンペーンにかかわり、キース・ヘリング財団を設立したが翌年亡くなった。彼のシンプルかつユニークなキャラクターは、直接には漫画から出てきたものだが、学生時代ロラン・バルトやウンベルト・エーコなどの構造主義の記号学を学び、ウイリアム・バロウズの詩を参考としつつ、言語的な記号による絵画表現を模索した結果なのである。 1997年ホイットニー美術館で大回顧展が開催され、1993年、東京の三越美術館で、2000年には伊勢丹美術館で回顧展開催。
| 制作年 | 1985年 |
|---|---|
| エディション | NA |
| サイン | あり |
| 技法 | リトグラフ |
| シートサイズ (縦×横) |
101.5x81cm |
| 作品の状態 | 良好 |
| 額仕様 | 白/うかせ |
| 額寸 (縦×横×奥) |
108x89x4cm |
| お届け期間 | --- |
| 特記事項 | |
| 海外店頭価格 | 15000 ドル (2004/12/20 更新) |
| A000-00150 |