
オノ・ヨーコの伝記3部作のひとつとして2002年に制作された作品です。少しずつ絵柄や色調が異なるポストカード大のカードが45枚セットになっていて、赤い箱に収められています。すべてのカードに描かれているのは、オノの自宅の窓枠です。これが映画のスクリーンの役割を果たし、最初のページには魔女裁判の絵画、1枚ずつめくっていくとそれを眺める幼少の頃のオノの写真が重ねられ、最後には時間の経過とともに成長し、大人になったオノのポートレートが窓枠のなかに現れるという仕組みになってます。副題として付けられた「セーラム」とは、1692年に魔女裁判が行われたボストンの地名です。子どもの頃に魔女裁判の絵画を眺めていた少女は、長じて「(ビートルズを解散させた)東洋の魔女」と呼ばれるようになってしまった、という自身のエピソードを作品に仕立てたものです。初期の頃よりフェミニズム運動を行ってきたオノにとって、17世紀末に行われた魔女裁判は自身の制作のテーマともなり、かつて同じタイトルの曲も制作しています。
1933年、銀行家小野英輔・磯子の長女として東京で生まれる。1952年、学習院大学哲学科に入学。翌年、アメリカに移住し、サラ・ローレンス大学で作曲と詩を学ぶ。1960年からニューヨークを拠点に、前衛芸術家として本格的な活動を開始。前衛芸術グループ「フルクサス」の活動に参加し、イベント、コンサート、作品展などを行なう。 66年9月には活動の拠点をロンドンに移し、同年11月に個展「未完成の絵画とオブジェ」を開催。その会場でビートルズのジョン・レノンと出会い、1969年結婚。ジョンとともに創作活動や平和活動を行う。1980年のジョンの死後も、創作活動や音楽活動などを通して「愛と平和」のメッセージを世界に向けて発信している。個展は1971年「THIS IS NOT HERE」エバーソン美術館(ニューヨーク)、1989年ホイットニー美術館(ニューヨーク)、1990年「踏み絵」草月美術館(東京)、1997年「HAVE YOU SEEN THE HORIZON LATETY?」オックスフォード近代美術館、2000年「YES YOKO ONO」ジャパン・ソサエティー(ニューヨーク)など多数開催。1993年ヴェネチア・ビエンナーレ、2001年横浜トリエンナーレに出品、2003〜2004年は日本において大規模な回顧展「YES オノ・ヨーコ展」を巡回した。1996年「青い部屋のイベントー東野芳明に捧ぐ」ギャラリー360°(東京)、以後 2001年「縦の記憶」、2002年「From My Window」、2004年「I LOVE U」、2005年「We're All Water」、2006年「O P E N」を同ギャラリーにて開催。
| 制作年 | 2002年 |
|---|---|
| エディション | ED -/81 |
| サイン | あり |
| 技法 | 45枚のオフセット、赤い布箱入り |
| シートサイズ (縦×横) |
11.5x16cm |
| 作品の状態 | 良好 |
| 額仕様 | - |
| 額寸 (縦×横×奥) |
15x18.6x3.2cm |
| お届け期間 | 約2週間 |
| 特記事項 | |
| 海外店頭価格 | no data (2007/03/19 更新) |
| C000-00856 |