
オノ・ヨーコの伝記3部作の最初の作品として2001年に制作されました。この作品は、オノ自身にとって最も印象的だった21人の男性の記憶をボックスに収めたもので、男性のポートレート写真21枚と、それぞれの男性に関する記憶を直筆でメモした21枚のカードで構成されています。写真の「ある男」とは、オノの父親とジョン・レノン、そして息子のショーン・レノンの3人の顔をコンピューターで合成した顔の男のことです。オノはこれを「オノ・ヨーコのDNAをもつ不偏的な男の顔」と考え、この写真作品を完成させました。ちなみに、記憶が綴られた21人の男とは、「父」や「先生」「書生」「医者」「アーティスト」「司祭」などオノの人生に関わったさまざまな人物で構成されています。そのなかの「父」の記憶については、次のように記述されています。
「初めて父に出会うために/客船に乗ってサンフランシスコに/着いた時、私は二歳半だった。/父は船上にまで来て母にキスして/父を見上げている私を見た」
1933年、銀行家小野英輔・磯子の長女として東京で生まれる。1952年、学習院大学哲学科に入学。翌年、アメリカに移住し、サラ・ローレンス大学で作曲と詩を学ぶ。1960年からニューヨークを拠点に、前衛芸術家として本格的な活動を開始。前衛芸術グループ「フルクサス」の活動に参加し、イベント、コンサート、作品展などを行なう。 66年9月には活動の拠点をロンドンに移し、同年11月に個展「未完成の絵画とオブジェ」を開催。その会場でビートルズのジョン・レノンと出会い、1969年結婚。ジョンとともに創作活動や平和活動を行う。1980年のジョンの死後も、創作活動や音楽活動などを通して「愛と平和」のメッセージを世界に向けて発信している。個展は1971年「THIS IS NOT HERE」エバーソン美術館(ニューヨーク)、1989年ホイットニー美術館(ニューヨーク)、1990年「踏み絵」草月美術館(東京)、1997年「HAVE YOU SEEN THE HORIZON LATETY?」オックスフォード近代美術館、2000年「YES YOKO ONO」ジャパン・ソサエティー(ニューヨーク)など多数開催。1993年ヴェネチア・ビエンナーレ、2001年横浜トリエンナーレに出品、2003〜2004年は日本において大規模な回顧展「YES オノ・ヨーコ展」を巡回した。1996年「青い部屋のイベントー東野芳明に捧ぐ」ギャラリー360°(東京)、以後 2001年「縦の記憶」、2002年「From My Window」、2004年「I LOVE U」、2005年「We're All Water」、2006年「O P E N」を同ギャラリーにて開催。
| 制作年 | 2001年 |
|---|---|
| エディション | ED -/81 |
| サイン | あり |
| 技法 | 21枚のシルクスクリーン、21枚のオフセット、紺の布箱入 |
| シートサイズ (縦×横) |
12x20.5cm |
| 作品の状態 | 良好 |
| 額仕様 | - |
| 額寸 (縦×横×奥) |
12x20.5x-cm |
| お届け期間 | 約2週間 |
| 特記事項 | |
| 海外店頭価格 | no data (2007/03/19 更新) |
| C000-00857 |