
この作品はオノ・ヨーコの作品「Part Paintings」のアイディアから生まれました。この作品でよく知られているのは、大きな焼き物の壷をオノ自身がハンマーで叩き壊し、欠片の一つを人々が持ち帰るといったパフォーマンスです。小さな欠片を一つ所有することによって、ここには無い全体を想像する為の作品です。アート活動と平行して平和運動を行うオノは、人々が分け合うことでお互いを思いやる気持ちが生まれ、全体の一部の欠片をお互いが所有することで連帯感が生まれ、やがてそこには平和が生まれると信じています。この木箱は、開け方の分からない「からくり箱」になっています。中には19世紀末の東京の地図を36分割し、1~32番までを正式エディションとし、33~35番を作家用(AP), 36番を展示用(EP)としました。合計36部のエディションです。
1933年、銀行家小野英輔・磯子の長女として東京で生まれる。1952年、学習院大学哲学科に入学。翌年、アメリカに移住し、サラ・ローレンス大学で作曲と詩を学ぶ。1960年からニューヨークを拠点に、前衛芸術家として本格的な活動を開始。前衛芸術グループ「フルクサス」の活動に参加し、イベント、コンサート、作品展などを行なう。 66年9月には活動の拠点をロンドンに移し、同年11月に個展「未完成の絵画とオブジェ」を開催。その会場でビートルズのジョン・レノンと出会い、1969年結婚。ジョンとともに創作活動や平和活動を行う。1980年のジョンの死後も、創作活動や音楽活動などを通して「愛と平和」のメッセージを世界に向けて発信している。個展は1971年「THIS IS NOT HERE」エバーソン美術館(ニューヨーク)、1989年ホイットニー美術館(ニューヨーク)、1990年「踏み絵」草月美術館(東京)、1997年「HAVE YOU SEEN THE HORIZON LATETY?」オックスフォード近代美術館、2000年「YES YOKO ONO」ジャパン・ソサエティー(ニューヨーク)など多数開催。1993年ヴェネチア・ビエンナーレ、2001年横浜トリエンナーレに出品、2003〜2004年は日本において大規模な回顧展「YES オノ・ヨーコ展」を巡回した。1996年「青い部屋のイベントー東野芳明に捧ぐ」ギャラリー360°(東京)、以後 2001年「縦の記憶」、2002年「From My Window」、2004年「I LOVE U」、2005年「We're All Water」、2006年「O P E N」を同ギャラリーにて開催。
| 制作年 | 2006年 |
|---|---|
| エディション | ED -/32 |
| サイン | あり |
| 技法 | 36分割された東京の古地図、からくり箱入 |
| シートサイズ (縦×横) |
8x8cm |
| 作品の状態 | 良好 |
| 額仕様 | なし |
| 額寸 (縦×横×奥) |
0x0x0cm |
| お届け期間 | 約2週間 |
| 特記事項 | |
| 海外店頭価格 | no data (2007/04/27 更新) |
| C000-01103 |