
フルクサスの活動を広報するためにグラフィック・デザイナーだったジョージ・マチューナスは「フルックス・ニュースペーパー VTRE」を1964年から発行しました。これは1966年2月発行の7号目を1973年にファクシミリ・プリントした2nd バージョン。現在世界でフルクサス・ニュースペーパーとして流通しているのは、主にこの2ndバージョンです。内容は4ページの内、オノ、ベン・ボーティエ、リドルの3人に焦点を当て、各1ページづつで構成しています。「YES」展では、この号の版下原稿が展示されました。フルクサス新聞は広報の役割の他に、当時盛んに行われたイベントで使用するインストラクション・カードや小道具となるドル札などが一緒に印刷され、切り取られて別のエデションに使用されました。その為、初版のものは号によっては現存するものが極端に少なく、この7号もオノの「Do It Yourself Fluxfest」が刷り込まれ、その部分をカットして使用された為、初版はほとんど残っていない現状です。
1933年、銀行家小野英輔・磯子の長女として東京で生まれる。1952年、学習院大学哲学科に入学。翌年、アメリカに移住し、サラ・ローレンス大学で作曲と詩を学ぶ。1960年からニューヨークを拠点に、前衛芸術家として本格的な活動を開始。前衛芸術グループ「フルクサス」の活動に参加し、イベント、コンサート、作品展などを行なう。 66年9月には活動の拠点をロンドンに移し、同年11月に個展「未完成の絵画とオブジェ」を開催。その会場でビートルズのジョン・レノンと出会い、1969年結婚。ジョンとともに創作活動や平和活動を行う。1980年のジョンの死後も、創作活動や音楽活動などを通して「愛と平和」のメッセージを世界に向けて発信している。個展は1971年「THIS IS NOT HERE」エバーソン美術館(ニューヨーク)、1989年ホイットニー美術館(ニューヨーク)、1990年「踏み絵」草月美術館(東京)、1997年「HAVE YOU SEEN THE HORIZON LATETY?」オックスフォード近代美術館、2000年「YES YOKO ONO」ジャパン・ソサエティー(ニューヨーク)など多数開催。1993年ヴェネチア・ビエンナーレ、2001年横浜トリエンナーレに出品、2003〜2004年は日本において大規模な回顧展「YES オノ・ヨーコ展」を巡回した。1996年「青い部屋のイベントー東野芳明に捧ぐ」ギャラリー360°(東京)、以後 2001年「縦の記憶」、2002年「From My Window」、2004年「I LOVE U」、2005年「We're All Water」、2006年「O P E N」を同ギャラリーにて開催。
| 制作年 | 1973年 |
|---|---|
| エディション | NA |
| サイン | なし |
| 技法 | オフセット、2つ折 |
| シートサイズ (縦×横) |
55.4x43.6cm |
| 作品の状態 | 良好 |
| 額仕様 | なし |
| 額寸 (縦×横×奥) |
0x0x0cm |
| お届け期間 | 約2週間 |
| 特記事項 | |
| 海外店頭価格 | no data (2007/04/27 更新) |
| C000-01105 |