
1969年に久保田成子とジョージ・マチューナスによって編集発行された印刷物。当時、渡米した久保田成子やナムジュン・パイクらによってハイレッド・センターの活動を知らされたフルクサスのリーダー、ジョージ・マチューナスは彼らにフルクサス・スピリットを見いだし、驚喜しました。そして彼らの許諾無しに即フルクサス・メンバーとしてしまったというエピソードはフルクサスの中ではあまりにも有名です。そのハイレッド・センター活動を世界中に広く紹介したいと考えたマチューナスはこの印刷物を作り、赤瀬川原平の梱包作品のイベントと展覧会を計画しました。実際にはボールをこの印刷物で包み、ロープで梱包した作品を制作しました。そしてこの印刷物は世界中のフルクサス・メンバーに送られ、広報活動と共に人々へ販売するよう指示されました。ハイレッド・センターのイベント「シェルタープラン」は「フルックス・クリニック」というタイトルに変わり、ニューヨークで行われ、話題となりました。
ハイレッド・センターは、高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之の3名により、1960年代前半に結成された前衛芸術グループ。個性的なこのグループ名は、実は単にメンバーの名前の「高」=「ハイ」、「赤」=「レッド」、「中」=「センター」を組み合わせたネーミングです。しかしその活動は、銀座の路上で白衣にマスクを付けた数人のメンバーたちが突然、路上を何時間にも渡り清掃する「首都圏清掃整理促進運動」を行ったり、帝国ホテルの一室で行った「シェルタープラン」など、秘密組織的な印象を漂わせた行動を起こしました。また逆に過度に公的機関の重要事業を装ったりとそれらの活動は都市を撹乱するものでした。路上・電車の中・ホテルなどの日常的な場所で非日常的な行為を行う過激な「イベント」で美術ジャーナリズムだけでなく週刊誌など世間の注目を集めました。
| フルックスープロダクツ 1961-1969、ハイレッド・センター | |
| FLUX-PRODUCTS,1961to1969 HI RED CENTER | |
| ハイレッド・センター | |
| Hi Red Center |
| 制作年 | 1969年 |
|---|---|
| エディション |
NA |
| サイン | なし |
| 技法 |
オフセット、両面刷 |
| 作品本体サイズ(縦×横) |
56x43cm |
| 作品の状態 |
良好 |
| 額仕様 |
なし |
| 額寸(縦×横×奥) |
0x0x0cm |
| お届け期間 | 約2週間 |
| 特記事項 | |
| 海外店頭価格 | no data (2007/04/27 更新) |
| 品番 | C000-01106 |
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